ある日。
日暮れ。焼き魚の匂い。5時のチャイム。
私は「4月1日」が、なんだか好きになれない。
毎年毎年「#エイプリルフール」に、少しイヤな気持ち。
「やらせだ!」と、鬼の首でも取ったかのように日頃は騒いでおいて、何が「嘘をついてもいい日」なのか。
夕暮れ。帰路。ÆONに立ち寄ると、女性の怒鳴り声が聞こえた。
「どうしてそんな嘘をつくの? 私はあなたをそんなズルい人間に育てたつもりはありません!!」
よくよく耳を攲てる。なにやら、母親が小学生の娘を叱っている。
グレーのパンツスーツとお団子髪の彼女には、知らぬ間に買い物カートに入れられた、ココナッツサブレが許せない。
娘は体操服の裾を引っ張り、頬を膨らませ声を荒げる。「わたしはやってない!」
それでも母親は、なんでそんなわかりやすい嘘をつくの? と、ばかりに捲し立てる。
すると「XXさんじゃない?」ネギの刺さったマイバックを携える女性が会話に割り込んできた。
母親と妙に親しげなその女性は「実はね、2人目を授かっちゃって……」と、慣れた様子で言った。
「エッ!? 本当に?」
「もう、あなた素直ねぇ、今日は何の日?」
「あっ、エイプリルフールね! もうヤメてよ〜」
「そうよ。先週、うちがレスだって打ち明けた話、もう忘れちゃったの?」
「うわ、やられた」
「じゃあ、そろそろいくわね」
「ねぇ、ママ!」
3歩後ろで、ポツンと黙っていた娘が口を開いた。
「んーなに?」
「わたし、おかしいれてないよ」
「えっ。うーん。……今日だけね」
「うんっ」
1年間に1日だけ「嘘をついてもいい日」がある。案外、悪い気分はしなかった。
嘘とハサミは使いよう 相沢睦