ある日。
啓蟄。白雲混じりの青空。奥多治見のフレンチを食べに行く。
「森の家」の名を冠する、とある山奥の、とある村。フレンチレストラン。ベーカリーカフェ。バアムクーヘン工房。リラクゼーションサロン。アトリエ。そこは、お洒落が凝縮されたような村。
「森の家」にダサい男女はいない。英国紳士風の老夫婦。インスタで自慢できそうなペアルックのカップル。テーブルマナーに厳しい父親と、その家族。
「森の家」の料理はどれも絶品。途中、オードブルの「生ハムメロン」と、目が合った。すべてがファーストタッチ。
「背伸び」は、こんなにも鼻につく。だけれど、料理の味は一つも思い出せない。
帰り道。しばらく車を走らせる。道の脇には五平餅の幟旗。給食の五平餅を回顧して、そわそわ懐かしい気分。
中を覗くと、店内は「ガラン」と、していた。木の建屋、無人駅のよう。店の年季の割には若いお姉さんが一人、黙々と餅を焼く。
「こんにちは〜。どうぞ〜」
一度、踏み入れた以上「物色だけ」というのは気が引ける。
——気づいた時には店前の、割れた水色プラスチックのベンチで一人、みそダレしたたる餅を頬張っていた。
時はあっという間に過ぎていく。大人になってからは特に早い。犬も食わない話。
夏になればやれ暑い、冬になればやれ寒い。そんなありきたりが、浮かんでは消えていく。
頭上の雲は流れ、陽が差した。肌を突き刺す冬のピリピリとした空気に、ポカポカ陽気。春の気配が混じり合う。
春は出会いか、別れか。私にとっては、断然別れ。いつも印象に残るのは、入学の期待感より卒業の喪失感。
環境の変化、何かへの挑戦。「今」を、失うことが、おっかなくてしょうがない。
あれこれ考えている間に、手元の餅はただの平たい竹串になっていた。
「春か……」
殊の外、大きい声が出た。
「そうですねぇ」
背筋がビクッとした。隣には何食わぬ顔でこちらを見つめる猫背のおばあさんがいた。
半ばパニック状態の私をよそに、おばあさんは表情を変えず、何も発せず。ただ少しうなずく。そのあとはニコニコ、ひたすら餅を頬張っていた。
今は、微笑むおばあさんが世界で一番おっかない。
このくらいの日常が心地いい。
フレンチと春のベンチ 相沢睦
脚注
●フレンチレストラン「Artiste Village」
https://www.artiste-village.com/
●五平餅屋「さくら五平」